外山からたどるNBAの栄光とbjリーグのもたらすもの(2)
前回、コート上の外山選手の笑顔は「バスケって楽しいョ!」と語っていたようだと締めくくった。わたし自信にとっての一番の笑顔はマジック・ジョンソンだ。
そのマジックの功績を改めてたどってみようと思う。
まずエベレット高校時から素晴らしいプレーをしていたことで新聞記者に「Magic」と名付けられた。大学に進みインディアナ州立大学:ラリーバードとの1979年の対決、そしてNBA入りしてファイナル優勝・ファイナルMVPという偉業で、プロバスケットの動かぬ人気形勢に大きく貢献していった。
1970年代は並立していたABAがNBAに統合されるなど米バスケ界は冬の時代だった。80年代に入ってマジック・バードに加え、同じくNCAAファイナルで活躍したジョーダンが加わったが、今ほどの隆盛には至らなかった。
NBAの今を作ったのは、スターン・コミッショナーのもと1992年のバルセロナ五輪での金メダルを米国が取り戻すという絶対的な使命のためにマジックがバードやジョーダンらを口説き(皮肉ながらマジックの一番の親友アイザイアトーマス以外は)誰もが認める当時の超スーパースターを揃えた。
もしバードもしくはジョーダンあるいはバークリィ、ロビンソンらが欠けても意味が無かった。だからこそ最高・最強のドリームチームとして伝説となっているのだ。
これを機にNBAは国際的認知度を高め、世界1のリーグであることを名実ともに手中に入れ、現在の国際的な選手参加に繋がっている。
五輪表彰式での彼らの<笑顔>は今でも記憶に新しい。
無邪気に、はしゃぎ、国旗を掲げ、慢心の笑顔を世界に魅せた。特にマジックは、NBAアーリーエントリーのため大学時に国代表の経験が無いことも手伝い本心から喜んだ。
やはりここにも笑顔が語るストーリーはあった。
NBAとて、こうした複数のスター選手が貢献したことでプロバスケ界が真の人気を得るに至ったのだ。競技の人気は「プロが創る」べきと言える。
次は、このムーブメントに習って日本のバスケ界を盛り上げようと立ち上げた「bjリーグ」を検証してみようと思う。
【補足】
- マジックとバードの対戦を大学当時を思い出して、同じくミシガン州立大出身のビル・マークレビッツ(マジック・シグネチャー・ブランド:Magic32の日本総代理店:Noram Japan社長)に書いた今井さんの手記がNoram Japanサイトで読める。
マジックとバードが「決勝で当たったという事」が【伝説】となった原因だと強調する。
ミシガン州立大学日本同窓会会長 今井哲哉さんの寄贈コラム
- マジック vs バードが、その後のアメリカ・バスケ界にもたらした功績を解説するNoram Japan内のコラムは、数字を示しいかに当時バスケットを観た事のない人も興味をそそいだか、そして後のNBA人気に与えた影響を紐解いている。
- マジック・バードの最初の対決「1979 MSU - ISU NCAA Championship Game」DVD販売
http://www.noramsports.com/store/VIDEOBBmsu2.html
右下に「Magic Bird」のジャケットが見つかります。
- マジック・ジョンソンの経歴:上記以降の系譜を紹介するウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3
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コメント
yoshiiさん、「普及」を考えると、たくさんの人に考えを知ってもらいたいということで、行き着きました。
浮気じゃないのよ~!
バスケに専念したブログを作って賛同者を増やしたいのです。
そのうち、出資者が現れるかも知れないでしょ?
バスケカフェは、自分だけじゃ立ち上げられないし・・・(宝くじ当てる以外は)
投稿: kawashiman | 2006年5月 4日 (木) 01時58分
あれれ??ここはどこ?あらら?
niftyに変更ですか?
マジックジョンソンは、名前だけ知ってるくらいです。あと、顔は知っています。
エイズ?HIV?の病気
そして最近、PGだったっていうことを知ったぐらいNBAには疎いです。
今年も全然、見てないんですよ~
投稿: yoshii | 2006年5月 3日 (水) 23時48分