折茂選手がのこしたもの
今回の記事はスポーツライター:三上太さんのブログ【バスケ徒然草】の記事「これからのために・・・」に呼応して書く。
三上さんの折茂選手評「大会が始まらないとわからないほどの小さな溝」はキリンカップの試合前のシュート練習時点で垣間見た気がしていた。
リング2個を使えたのに、選手の年代でスッパリと分かれていた。(12の代表の椅子を賭けていた時期だからライバル同士な訳だが)折茂が川村のシュートフォームをチェックしてあげながら談笑するといった光景を見たかった…
でも本戦では、そんな部分や連携面で少し埋まった溝を魅せたくれた気がする。
それがあったからこそ、折茂談の「今になって、ボクも代表の大切さがわかってきた」に多くの後悔の念をみた気がし、TBSディレクタTさんのブログで読んだ『折茂の涙』がそれを象徴したようだ。
36歳でやり直しは出来ないけど、日本バスケの環境がそうさせただけで、折茂の過去の選択が間違っていた訳ではないことを彼自身が整理付けられるまではしばらく時間が掛かるのかも知れない。
でも、バスケあるいは折茂選手を知らなかった新たな観戦者に「日本一のシューター折茂ここにあり!」と披露(マスコミは取り上げなかったけど全試合2桁得点は折茂だけでは?)し、記憶に残ったことは輝かしい彼の功績の1ページであり、彼はそれを誇りにして欲しい。
そして、その折茂の世界選手権での姿は、これからのバスケ界の【目標】になると疑わない。
ベスト16のドイツvs.ナイジェリアと、米観戦から家に戻ったときに息子には「190cmになって、折茂になれ!」と伝えた。JBLや今大会でのフリーになるための動き方、シュートフォームでの肘の使い方などを見せようと思ったからだ。
「若手が折茂を当てにしてたか?」という三上さんからの命題についてはそうではないと考えたい。
少し心身が弱まったことで逃げただけではないだろうか。少なくとも若手はW杯日本サッカーが酷評されたような「シュートすることを拒んでパスに逃げた」訳ではない。そういう意味ではプライドを賭けて前向きにトライした。
ただそれがクリエイティブに場面を作ることに徹し、確実に得点することに執着できず、個人プレーにしかならなかった・・・これは精神面よりも場数の経験の無さであり、視野の広さ・思慮の深さにまで関係するスキル部分だろう。
JBLでは個人プレーをする機会はそんなに多くなく、外人選手の独壇場。
今回の結果はハビットスポーツゆえの悲しさだ。上にあげた状況判断力の源について、駆使する場面の経験が足りなかったのだ。
その上、1on1で切り抜ける経験も少ないという二重苦を背負っていることになる。
これまでわたしは国内リーグにおいて外人歓迎派だった。しかし代表強化のためには、トップリーグでは女子バレーのように外人禁止も必要だと今わかった。
(今後のプロリーグでの)代表選手のプレイングタイムを、協会が真剣に考えるきっかけになった参加結果とも言えるのではないだろうか。
ただ、ベテランにも体力が無かっただろうが若手にもニュージーランド戦の残り5分には体力は無く、顔に生気が見られなかった。それはTBSの放送でゴール下からレポートした塚本さんだったと思うが「足にきてますねぇ~。シュートがショートしてますから」という言葉が全てを物語った。コート上にいる選手の運動能力を上回るだけの駒が他にいなかった・・・その無念さを覚えた。
この辺は代表に限らず、きちんと中学・高校でのバスケ用のトレーニングの仕方の指針を協会が出すべきだと思う。
数ヶ月海外で合宿を組んだ所で爆発的な進歩となる訳はないのである。
こういったことも考えて、改めてバスケはハビットスポーツだと痛感する。
折茂は、スタメンで長いプレイングタイムを重ねてきたことで地道に創られてきた「体」「心」「技」を持っていたことを忘れてはいけない。
わたしは彼が大学のリーグ戦優勝決定シーンで、初めて先輩から回ってきたパスを受け、ラストショットを決めたシーンをこの目で代々木第二で見ている。その時から彼の経験の深さの積み重ねが始まっていたはずだ。誰も真似のできるような経験ではない。
また「ファイブ」を読み、ライバル佐古と共有し続け、切磋琢磨してきた点を知った。二人ともに経験をぶつけ合い、成長し合った歴史があったと知り、なるほどと深く感銘を受けた。
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